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カミュー アディー ミー

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目次

プロローグ

1.小学生だったころ

2.中学生だったころ

3.高校生だったころ

4.大学生になって

5.ヴァルナへ

6.カミュー アディー ミー

7.帰国して

エピローグ

あとがき

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プロローグ

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. この授業[ 文章表現Ⅰ ]を履修してとても勉強になりました。

今年Ⅱも履修したかったのですがⅠを履修済みでないと履修できないとのこと。

卒業の予定なのでⅡを履修することができず残念です。

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. この後期課題[ 思い出 ]でなにかしら表現できればと書き連ねます。

ご批評のほどよろしくお願いします。

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. 1年間どうもありがとうございました。

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1.小学生だったころ

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. カミューとアディーは双子の姉妹だ。

彼女たちは私の住む町へ越してきた。

それからすぐの小学校の入学式ではじめて彼女たちと会った。

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. 6才といったらはじめはなんでも緊張する。

入学式といえばなおさらだろう。

しかも引っ越して数日しか経っていない入学式といったらなおなおさらだろう。

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. 入学式が終わって母親のところへ行くと知らない女の人としゃべっていた。

その女の人のとなりで彼女たちがこっちを見ていた。

緊張が走った。

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. おんなじのがふたりこっちを見ている。

その知らない女の人は彼女たちの母親で、よろしくね、と言われて照れくさかったのをおぼえている。

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. 家も近かったのでなにかと縁があった。

彼女たちもそう感じていたと思う。

おばさんから聞いてきた彼女たちの話を母親から聞くこともよくあった。

そんなときは胸の内で、へぇ、そうだったのかぁ、と思った。

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. 学校ではあんまりしゃべったりはしなかったけれど2対1でお互いなにかしら通じ合うものを感じていた。

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. 彼女たちはいつも一緒にいた。

どこでもだ。

着る物もまったく同じで最初は見わけがつかなかった。

でも仲よくなるとそんなことはなかった。

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. 家で母親が、双子ちゃんはどっちがどっちかわからないわね、と言っていた。

今双子ちゃんに会ったけれどどっちがどっちかと聞いてくることもしょっちゅうあった。

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. 彼女たちは性格もよく似ているところがある。

でも顔と同じで性格も仲よくなって見ると違うところがあった。

カミューのほうが姉でしっかりしている。

なにかあると机に座ったままのアディーの側へやって来てジッと話を聞くような感じのところがあった。

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. 彼女たちは小学生にしてはお洒落だった。

なにかしらアクセントのある洋服というか着ているものが締まった感じに見えた。

おばさんの趣味もあったのだろうけれど彼女たちは小学生にしては小綺麗だった。

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. 彼女たちのおばさんはけっこう化粧の濃いおもしろい人なのだけれどおじさんがダンディだった。

中背の中太りで口ひげとあごひげを生やしてうす茶のサングラスをかけている。

無口で怖い感じのする人だったけれど洒落た人だった。

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. 彼女たちはどちらかといえばお父さん子だった。

もし彼女たちに、どんな男性が好みかと聞けば間違いなく、父親みたいな人が好きと言うだろう。

おばさんが少し厳しいぶん彼女たちにとってはパトロンでもある父親が人一倍大きな存在だったと思う。

もちろん母親のおばさんとも仲はとてもよかった。

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. 小学校の入学式ではじめて会ってしばらくしてカミューとアディーという双子の女の子がいることはごく日常のこととなった。

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. 10才くらいになると7才ころとは体型もみんな変わってくる。

彼女たちはその中でもとてもスタイルが良かった。

頭が小さくて手足がスラリと伸びて長い。

体育の時間になったりするとそれがいっそうよくわかった。

そして彼女たちは足が早かった。

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. このころの男女の体力差はあまりない。

彼女たちが体育のトラック走で男子に勝って女子が大喜びなんてことが時どき起こった。

日本人体型のダイコン女がリーダーになって、勝負しろ勝負しろと迫って来るのだ。

これには男子一同子供ながら深刻に決断を迫られた。

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. 彼女たちはどちらかといえば静かな女の子だ。

男子一同に正面向かってタンカを切るようなことは絶対しない。

いつもその後ろでお互い見合って笑っているのだ。

そこからよく私と目が合った。

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. 彼女たちは私の様子をよぉく見ていた。

ほかは見ないで私ばかりを見ている気がした。

そうしてダイコンがタンカを切るたびにクスクス笑っているのだ。

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. 背が低かった反動からか私は小さなときから正義感というか負けん気みたいなものが人一倍強かった。

それとすばしっこくて足も早いほうだった。

それで何度か勝負したことがある。

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. あるときもうひとりの足の早い男子と私とで彼女たちと勝負することになった。

走る距離が長くなればなるほど男子に有利だとみんな感じていた。

体力差があまりないといっても中距離以上ではやはり女子は最後バテる。

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. でも50メートル走となると焦った。

おそろしいことにダイコンとその一派が、今回は50メートルで勝負するとゴリ押しで決めてしまった。

そうしたらもうひとりの男子は、走りたくない、だって調子悪いから俺、風が強い日は、などと言って走ろうとしなくなってしまった。

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. でも私はそうしたくなかった。

今になれば、可愛い子だったなぁ、と思えるけれど当時ダイコンはシャクにさわった。

それにカミューにもアディーにも負けたくはなかった。

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. 実際身の毛もよだつような思いでスタート位置につく。

彼女たちは右左とそれぞれ私の両側の位置についた。

負けるわけにはいかない。

男の子だったから。

そして勝った。

彼女たちもそれをとても喜んだのだ。

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. 勉強はカミューのほうが得意そうに見えた。

でも彼女たちはだいたい同じくらいの成績だったと思う。

そのころの私はまだ勉強はできたほうだったので彼女たちになにかあると教えてやった。

それを後ろから見ていたほかの男子が悪意のある言葉を言ってきても私にはそんなこと関係なかった。

彼女たちには真剣だった。

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. 彼女たちも私の立場と気持ちをとてもよくわかってくれていたのだろうと思う。

そんなとき私はよそよそしい態度というか冷静を気取ったというか妙に大人ぶったような感じで彼女たちと話をした。

私は彼女たちには体当たりっぽかった。

彼女たちを放っておいたり黙って見たりしていられなかった。

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. 私にはそのころから大の大人をギョッとさせる小さいながらもの武器がいくつかあった。

そのひとつが絵だ。

私は絵がうまかった。

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. 国の展覧会で銀をとった。

その理由は、うますぎて子供の絵とはいえない、そのためひとつ落として銀にしたというものだった。

なんだよそれ、と思った。

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. それは6年生のときだった。

担任は若い男の先生だった。

その先生からその理由を聞いた。

わざわざ電話してきてくれた。

理由を直に伝えてくれた。

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. 私はとにかく陽気でやんちゃな目立ちたがり屋だった。

小学校のときの通信簿を母親に見せられたことがある。

明るく元気すぎるほどです、とか、人の問題に口をはさんで大げんかになってしまいました、とか吹き出してしまうような先生の評が書かれていた。

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. その評を書いてくれた先生は2年生のときの担任で独身の若い女の先生だった。

私はおぼえていないのだがこの先生と机を並べてじゃんけんで勝ったら給食をひと口食べていくということをして遊んでいたらしい。

中学でダイコンと同じクラスになったときに言われた。

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. でも当然そんな先生ばかりじゃない。

そのときはわからなかったけれど白髪の年寄り教師に憎悪の対象のような存在として扱われることもあった。

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. 5年生のとき写生会でお寺を描いた。

その絵を今見ても、ホント構図からして気取ってる、と思える。

体育の先生にその絵を見せたら私の名前をゆっくりと言って息を吐いた。

金は間違いなかった。

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. 絵はクラスごとに廊下に貼り出されて金銀銅の賞を先生たちが決める。

結果発表の朝に勇んで学校へ行くとみんな廊下へ出ていた。

そうして私に言ったのだ。

私は金どころか銀銅にも入っていなかった。

賞なし。

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. 5年生はわからない気持ちで負け惜しみのごまかしをきかせてその日の学校を終えて帰って行った。

その日は動揺と興奮とで平衡感覚を失ったような気分だった。

さっぱりわからなかった。

家に帰って、おかしい!絶対におかしい!と母親にぶちまけた。

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. 後日ある女の先生に、君残念だったねぇ、白髪先生が、この子に賞はやらない、ギャーギャーって騒いでさぁ、私たち黙ってるしかなかったのよぉ、と告げられた。

毎度うるさくて小生意気なチビは得意の絵を逆手に取られ見せしめにされた。

ショックと悔しさで帰り道歩きながら泣いた。

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. カミューとアディーは絵がうまかった。

でもそれは可愛らしい女の子の絵だ。

アディーなんかとても絵が好きでよくチョコチョコッとなにか描いていた。

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. 写生会なんかでも彼女たちは時どきダイコンなんかと一緒にやって来て私の描く様を背後からジィーッとのぞいていた。

よぉく見ているのだ。

あの結果発表の日も一列後ろから私のことを見ていたに違いない。

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. 私は彼女に魅かれた最初の記憶がある。

彼女たちはバレエを習っていた。

それで時どきというかけっこうまめに学校を早引きしたりした。

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. あるときおばさんが車で迎えに来て偶然私に会って、私の娘たちはどこじゃ~、と聞いてきた。

おばさんと校内を歩いて行くと彼女たちが身支度を済ませて廊下へ出て来る。

私は彼女たちに、それじゃあバイバイ、と言って見送った。

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. 小走りで車へ向かうおばさんとその後ろについて行く彼女たちを私は窓から見ていた。

彼女たちがこっちを横目でチラッと確認したりするのがわかった。

そして真っ赤になったようにしておばさんの車で帰って行った。

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. 私はなんでか手を振ったりはしなかった。

車が見えなくなるまで人目を避けてそっと見送った。

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. 私の小学校は1クラス40人ちょいで1学年2クラスの田舎だった。

彼女たちはここから電車に乗ってバレエ教室へ通っていた。

6年生くらいになるとはほぼ毎日通っていた。

発表会やコンクールもある。

そんな日が近づくと朝から学校に来なかったりした。

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. うちの母親もおばさんからチケットを買って発表会へ行ったりしていた。

私も誘われたが断った。

男が母親とバレエ鑑賞なんておかしいだろ、と私は口では言っていた。

でも本当は、.観たいなぁ、という気持ちだった。

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. 母親は発表会から帰って来ると、双子ちゃん上手できれいだったよ~、と私にひとしきり話して聞かせた。

私は、いつでも観られるからいいや、と思っていた。

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. 彼女たちは体はとても丈夫だった。

風邪で休んだりケガをしたなどということは一度もなかったと思う。

それで彼女たちが学校にいないときは、バレエでいないのだとみんな思った。

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. 彼女たちは目のクリッとした少し面長で色白な女の子だった。

鼻筋は通っていて鼻先はけっこう丸っこかった。

髪の毛は少し栗毛っぽくて低学年のころはマッシュルームカットだった。

そのあとポニーテールだったり高学年のころはバレリーナのおだんごヘアだったりした。

背は私よりも高かった。

笑顔がとても可愛いらしいのだ。

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. そんな双子のうち一方のアディーがクラスの女子にバレエシューズで踊ってみせたことがあった。

シューズを履いてスッと立つとバレエの基本的な動きみたいなものをいくつかサラッとやった。

まわりに座っているダイコンたち女子は、わぁとなって拍手した。

双子のもう一方はこのときなぜか見えなかった。

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. 私はそれを離れた場所から見ていた。

着ている服の感じはいつもと同じだけれど手足体の動きは全然違った。

少し首をかしげてスラッとした腕と足を動かす様子はとても目を引きつけられた。

それを眺めていてとても満ちたりたような気持ちだった。

その姿に優雅で清楚な女性を感じなんとも素敵な気持ちになったのを憶えている。

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. そうして入学式ではじめて会ってから6年が経った。

いよいよ卒業する歳となる。

私はそのまま地元の町立中学校へ進む。

大部分の連中はそうだった。

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. でも何人か私立の中学へ進む子もいた。

カミューとアディーもそうだった。

そのことは前々に母親から聞いていた。

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. うちの学校の卒業式は卒業生は中学の制服を着て出席するのが慣例だった。

多くは地元の中学の学生服を着てくるがほかの中学へ進む子はそれぞれ違う見たこともない制服を着てくる。

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. まわりと違う制服を着たカミューとアディーはとても恥ずかしそうにしていた。

でも今思えば恥ずかしいのはこっちだろう。

地元中学へ進む私たち大多数は間抜け面した貧乏人だ。

彼女たちは間違いなく、育ちのいい子、と言える。

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. 式が終わってそのまま帰ったと思う。

彼女たちとはひと言も言葉を交わさなかった。

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. 私は彼女たちのことなら学校でいちばんよく知っていただろうと思う。

彼女たちのおばさんはうちの母親と仲が良かったし会えば話は自然と子供のことになるらしかった。

私が彼女たちについて知っているのと同じだけ彼女たちも私のことを知っていただろう。

お互いによく知り合っていた。

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. 私は、彼女たちとつながっていると無意識のうちに感じていたと思う。

別々の学校へ進むのは少しさみしいけれど自分たち3人は胸の奥底でつながっている、という確信のようなものがあった。

それで卒業式が同じ学校最後の日といっても切羽詰まったような気持ちはなかった。

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. 式のあと親たちは先生の話を聞くとかで学校に残った。

私は先に家に帰って着なれない学生服を脱ぎなにも考えずにお菓子かなにかを食べていた。

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. 夕方ごろ母親は彼女たちのおばさんと一緒に帰って来た。

学校での先生の話やら中学校での生活の様子やら母親はいろいろと私に話して聞かせた。

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. その中でもいちばん印象的だったのが彼女たちのおばさんは、彼女たちをバレリーナにしたいと考えているということ。

彼女たちのおじさんも、オーケーしたということ。

そしてなにより彼女たち自身がそれを望んでいるということだった。

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2.中学生だったころ

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. 中学校へ進み新しい生活についていくのがやっとの私の日常からは次第に彼女たちの存在は薄れた。

時どき母親が、今朝双子ちゃんに会ったなどと言うのを聞いた。

私も自分の家の前や買い物先などで彼女たちにばったり会って話し込んだりしたことが何回かあった。

彼女たちは都会っぽかった。

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. 彼女たちが、部活はやらないで毎日バレエ教室へ通っていると母親から聞いていた。

近い学校へ通う私に比べて電車通学で朝早く夜遅く遠くまで通う彼女たちは大変だったと思う。

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. それでかどうかは知らないが彼女たちの家は引っ越すことになった。

私は学校が忙しかった。

学校のことで精一杯で彼女たちが引っ越すことに気を使っていられなかった。

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. 母親と立ち話をしていたおばさんが家へ帰って来た私に、ぜひ遊びに来て、なんて言ってくれた。

でも勉強がどうのこうの部活がどうのこうのと結局彼女たちの家には行かなかった。

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. あす引っ越すという夜におばさんとおじさんが家に訪ねて来て挨拶をしていった。

彼女たちもそこにいた。

私は自分の部屋にいて母親に呼ばれておばさんおじさん彼女たちに挨拶をした。

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. 次の日彼女たちは引っ越したのだろう。

私はいつものとおり学校へ行った。

そしていつもと同じように家へ戻った。

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. それから10日ぐらいした日曜の午後に彼女たちの住んでいた家を見に行った。

フラッと行ってみた。

彼女たちの家は近かったけれど学校とは真逆の方向でそのわずかな距離も遠く感じていた。

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. いい天気だというのに雨戸は全部閉まっていて庭の木もなんだか元気なく見えた。

あ~あ、おばさんもおじさんもカミューもアディーも本当に引っ越したんだなぁ、と思った。

でもさみしい気持ちのようなものはなかった。

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. 今にしてみれば私は直感していたのだと思う。

言葉にはしなかったけれど、彼女たちとはこんなさよならでは済まないとわかっていたような気がする。

だから引っ越したって別に全然関係なかった。

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. 彼女たちが引っ越してはじめての正月が来た。

年賀状の中に彼女たちからのハガキもあった。

決まり文句のほかに少し時間をかけてあれこれした跡の読める文章がそれぞれのスペースに書かれていた。

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. 絵も描き込まれていた。

私に見せる絵ということで、かなり緊張して描いたな、と見てわかった。

もちろん返事を出した。

ごくありきたりな言葉に自分の絵をつけて返事とした。

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. 夏になった。

今度は暑中見舞いが届いた。

淡いきれいな紺色に白い波が映えた絵だった。

彼女たちからの文章も添えられていた。

私も返事を出した。

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. 冬になった。

私の誕生日は12月30日で年の瀬の忙しい時期に生まれた。

誕生日会をしたことがない。

その誕生日に私へ速達の手紙が届いた。

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. 彼女たちからだった。

開くと♪ハッピーバースデートゥーユー♪と誕生日を祝う曲のデジタル音が流れるバースデーカードだった。

私の誕生日をおぼえていてくれて今年は誕生日もお祝いしてくれた。

正月の決まり文句なども書かれていて年賀状も兼ねていた。

私は、へぇー、と感心してしまった。

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. 小学校のときも彼女たちから年賀状や暑中見舞いは何枚かもらった。

けっこう恥ずかしかったのか毎年はもらわなかった。

もらえば必ず返事は出した。

彼女たちの家のポストに直接入れたりしていた。

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. 誕生日に彼女たちからなにかもらうというのはそのときがはじめてだった。

音の出るカードというのを見たのもそのときがはじめてだった。

とてもうれしかった。

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. 返事を書かなきゃいけない。

年賀状を書いていて彼女たちの誕生日を知らないことに気がついた。

小学校の名簿を出して彼女たちのところを見ると4月21日だった。

へぇ、そうだったのかぁ、と思った。

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3.高校生だったころ

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. 高校に入ってから私は本格的に脱線するようになった。

それはすでに中学のころからはじまっていたがまだやる気というものがあった。

そんなものも失せた。

大人たちのだれもかれもが私のことを、馬鹿だと思っているように感じた。

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. 私は自分なりに悩み抜いていた。

なにもかもー筋縄では行かないようになってしまっていた。

でも絵を描かせてみたり走らせたりしてみると私は人よりもうまくやった。

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. それで先生たちは私のことをつかみにくかったらしい。

結局私のことを、とらえどころのない扱いづらい奴として見るようになったらしかった。

そんな感じで過ぎていった。

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. カミューとアディーはお嬢さんだ。

バレエの道をどんどん進んで行った。

彼女たちはヨーロッパのあるバレエ学校に合格し通っていた高校を休学して留学した。

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. 彼女たちは実際もうバレリーナだった。

あとはいずれかのバレエ団とプロとして契約できるかどうか。

彼女たちは契約した。

海外のバレエ団に入団した。

彼女たちは何千人何万人にひとりという選りすぐられたバレエダンサーになっていた。

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. いつしか彼女たちからの便りも来なくなっていた。

それにまったく気づかぬほど私は昼も夜も乱れた生活にはまり込んでしまっていた。

右往左往したあげくの果てに大学へ逃げ込もうと遅れて入学した。

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4.大学生になって

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. 私は大学へ通う。

大学に入学してからひとり暮らしをしていた。

ゴールデンウィークに実家へ帰った。

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. 電話がきた。

母親が出てしばらく話していた。

あらそう、この前電話でお母さんと話したのよ、などと言っている。

それから私を呼んで受話器を差し出した。

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. 私は受話器を受け取って、だれ、と聞いた。

母親は小さな声で、カミュー、と言った。

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. 私は驚いて慌てた。

でも受話器を持ってから、出ない、とか切ってしまったりもできない。

どぎまぎしながら、もしもし、と言った。

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. カミューからだった。

カミューも緊張しているようだった。

久しぶり、などと言ってお互い話しはじめた。

アディーは元気かと聞くと、元気だと言った。

今一緒なのかと聞くと、一緒でなく自分ひとりだと言った。

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. 話は和んでいった。

それで私は、なにか用なのかと聞いた。

カミューは、どこかで会えないかと言った。

日にちと場所と時間を決めて会うことにした。

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. 電話に出てから15分くらい話をして電話を切った。

短い時間にサラッと話をしてという感じだった。

電話を切ると母親が、あんたを好きなんじゃないの?と言った。

うるせぇな。

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. 私とカミューはゴールデンウィーク中に会った。

すぐにだ。

私は着飾ったりもなにもまったくしなかった。

髪型もどうもこうもせずまったく普段のまんまにして行った。

私はボーッとしていた。

でも、あぁ、会うのかぁ、ととても楽しみだった。

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. うちの母親はカミューのおばさんと時どき手紙や電話でやりとりをしていた。

母親に留学先の彼女たちの写真を見せられたこともある。

だから私は成長した彼女たちの容姿のだいたいは知っていた。

それは逆に彼女たちも同じだっただろう。

前に母親が、あんたの写真送っちゃった、などと言っていたから。

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. 時間にルーズな私だがこのときは奇跡的にも10分くらい前に待ち合わせ場所に着いた。

ふわぁと歩いて行って連休で混雑する中で、ああっていう感じでカミューと会った。

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. 何分ごろ来た?と聞くと、今来たところだった、とカミューは言った。

あれ、俺だってすぐわかった?と聞くと、うん、わかった、とカミューは笑った。

お互い照れるなんてことはしないで面と向かって話をした。

待ち合わせしているらしい隣にいた男がけげんそうな顔をしてこっちをチラチラ見ていた。

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. あ、それじゃあ、どっか行こうか、と私は言った。

ごはん食べる?どっかサ店にでも入ろうか、などと言った。

カミューは、どこでもいいよ、と言った。

私はブラブラと歩きはじめてカミューもその横について来た。

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. カミューはとても素敵な感じだった。

ウェーブのかかった髪は肩より少し長いくらいで真ん中からわけている。

ストライプの入ったシャツに紺の薄手のジャケットを着ていた。

スリムなパンツにかっこいいシューズを履いていた。

銀の首飾りをしていた。

写真で見ていたより大人っぽかった。

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. かっこいいおねえさんというのだろうかバッグを肩にかけてとても活動的に見えた。

ラフな感じなのだけれどあか抜けていた。

大学で見るきれいな女子学生の感じとは違った。

とにかく品良く見えた。

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. 私と彼女は喫茶店に入った。

お互いの今までのことを話したりした。

彼女は私が連休に実家へ帰ることをおばさんから聞いていた。

私が大学に入学したことを彼女は知っていた。

彼女たちの入団したのが別々のバレエ団だということを私はここではじめて知った。

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. 私は彼女の話にただただ感動して聞き入っていた。

けれどもカミューとアディーが別々に暮らしているなんて…。

それで私は聞いた。

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「 さみしくない? 」

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「 ? 」

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「 アディーがいなくて 」

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「 … 」

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「 アディーはさみしくないのかな 」

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「 … 」

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「 カミューがいなくて 」

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「 … 」

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「 なんかほかに注文しようか 」

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「 アディー結婚したよ 」

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「 … 」

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「 結婚した 」

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.私は〝 頭を殴られたような衝撃を感じ 〟というのがどういうものかこのときはじめてわかった。

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. アディーは結婚したのだという。

相手は同じバレエ団のダンサーで4つ年上の外国人だ。

アディーにはまだ子供はいない。

アディーはこのままの状態でプロのダンサーとして続けていく考えなのだという。

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. 彼女たちは一緒に同じバレエ学校に留学した。

さらに同じバレエ団のオーディションを受けようとした。

その直前にカミューは足を故障してオーディションを辞退した。

アディーはオーディションを受け合格しそのバレエ団と契約を交わした。

そして結婚した。

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. カミューはアディーより遅れて別のバレエ団に入団した。

先月故障を再発して舞台を離れていた。

彼女のおばさんとおじさんは引っ越したままでいる。

ゴールデンウィークにあわせて彼女は一時日本に帰って来た。

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. 彼女は人目を引いた。

一緒に歩いても彼女は背筋が伸びて自然ときれいな歩き方をする。

カップひとつを持つにしてもそうだ。

動作のひとつひとつが洗練されていた。

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. それに比べて私のだらしのないこと。

彼女はそんな私を見て、おかしくて仕方ないという感じだった。

私は彼女に、あんまり変わっていないと言われた。

私も彼女にそう感じていた。

変わったのは背で私のほうが高かった。

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. 別れ際に彼女は、今日は会えてとても嬉しかった、と言った。

どうもありがとうございました、と私に向かって頭を下げた。

私も、いえいえ、などと言って改まった。

すると彼女は思いつめたような表情で、また会えないかと聞いてきた。

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. 私は考えた。

会ったってかまわないけれど問題はその方法だ。

日本と国外と遠く離れて、週末ごとに会おう、なんてことはできない。

う~ん、どうしようか、家まで送るからそのあいだに考えよう、と一緒に電車で彼女の駅へ向かった。

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. 彼女は私に話した。

今年ある国際バレエコンクールが開かれるという。

それは黒海に面したリゾート地のヴァルナという街でおこなわれる。

ブルガリアが国を挙げてのコンクールだそうでかなり有名らしかった。

世界中のダンサーが目指すバレエコンクールのひとつらしい。

7月の中旬から末までのあいだ開催されるという。

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. 彼女はそのコンクールに次回出場する予定で準備をしていた。

今年そのコンクールを現地で下見するつもりでいた。

そこで会えないかと彼女は聞いてきた。

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. あまりの突然な話に私は最初驚いたが、アディーも来るという。

それを聞いた私の反応も彼女は、よぉく見ていたのだろうなと今になって思う。

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. 私は7月中旬までは前期テストでそれさえ終えれば行ける。

日本からいくらぐらいかかるかを聞いて安い額ではなかったが私は決めた。

そのコンクール開催地でまた会うことになった。

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. 話は決まった。

私は優柔不断ではない。

バシバシ決めていく。

彼女も不満はひとつもなかっただろう。

昔からこうだった。

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. 実際彼女も私がそうするのを期待し予見していたりする。

私の決定を聞いてチョッチョッと意見したり、ほかにこういうのもあると私のまったく知らないものを教えてくれたりした。

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. 私が最後に、それでいいかと聞くと、それでいいよ、と笑った。

カミューとアディーは私のそんな脳天気で無鉄砲なところが好きだったに違いない。

それが作り笑顔でないことは私がいちばんよくわかった。

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. お互い手紙なり電話なりで連絡し合うことにした。

お互いのアパートの住所と電話番号を交換した。

アディーのご主人は一緒に来るのかと聞くと、今のところまだわからない、と言うので、一緒に来るように頼んでとお願いした。

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. 彼女とは途中で別れた。

おばさんとおじさんによろしく、と私は言った。

それじゃ今度会うのは7月だね、それまでお互いがんばろうね、と言った。

アディーによろしく、また連絡するね、と言った。

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. 私にはいろいろと考えもかけめぐった。

この際はじめて外国へ行ってみるのもいいだろうとも思った。

それにしても彼女たちのことを気にしないではいられなかった。

おせっかいにも私は彼女たちのことを気づかわずにはいられなくなってしまった。

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. アディーが結婚したなんて信じられなかった。

というかよくわからなかった。

まったく実感というものがわかなかった。

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. アディーの結婚をこの目で見なければと思った。

そうでなければ気が済まない。

そう思った。

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. ゴールデンウィークも終わった。

私はまた大学へ。

ひとり暮らしとなる。

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. カミューはなぜ突然、会って欲しいなどと言ってきたのか。

答えはひとつだ。

カミューとアディーは別々の道を歩きはじめていた。

アディーはひとりでオーディションを受けることを選択した。

カミューに先んじてバレエ団に入団することを選んだ。

彼女たちに生まれてはじめて差という違いが生じた。

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. カミューはなぜアディーと同じバレエ団を選ばなかったのか。

いくつかの事情があったことを話してくれたが彼女の言わなかったことがある。

それは彼女のプライド。

妹の後を追ったと見られる思われることは彼女のプライドが許さなかった。

プロ契約をひとり目指していた頃のカミューは姉よりもひとり先へ進むことを選んだ妹を許せなかった。

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. そのあとそれぞれの選択が最善でなかったことに彼女たちは別々に苦しむようになった。

アディーは結婚という方法でその苦しみから自分を救済しようとした。

ふたりの距離はさらに離れていく。

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. カミューは孤独なリハビリを続ける中で痛めた足を不安に思い焦りもしただろう。

彼女はおばさんとおじさんと私に会うことを選んだ。

おばさんとおじさんと私に会うことで彼女は気を和ませることができる。

それはおばさんとおじさんと私にしかできない。

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. わざわざ彼女は日本に帰って来た。

たったそれだけのために。

それほどに迷い苦しんでいた。

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. 私が知っていたのは彼女たちがバレエ団に入団したということまでだった。

おばさんはうちの母親に〝  別々のバレエ団  〟とまでは知らせなかったのだろう。

彼女たちの〝  別々の入団  〟をおばさんは好ましく思っていなかったはずだ。

だからうちの母親に知らせてこなかった。

〝 アディーの結婚  〟にしても〝  カミューの故障  〟にしてもそうだ。

ましてやふたりの〝  別々の住所  〟を人に教えるわけがない。

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. いずれにせよカミューは私にどうしても会いたかったのだろう。

もちろんおばさんとおじさんに会いにも来た。

おばさんとおじさんは彼女たちの苦しみを理解することができる。

でもそれ以上に私に会いたかったはずだ。

私がアディーに会うためヴァルナまで行ったように…。

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5.ヴァルナへ

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. この夏ブルガリアまで出かけて行ってカミューとアディーに会う。

一体どんなふうになるだろうか。

いろいろと想像した。

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. 私はそのころバレエにあまりというかまったく興味はなかった。

調べてみてそのコンクールが世界的に権威ある大会なのを知った。

.

. カミューへ手紙を出した。

出発日を決めて滞在日を彼女に知らせた。

アディーはいつ来るのかアディーのご主人は来るのかも聞いた。

.

. 返事が届いた。

予約してくれたホテルのアドレスと料金を知らせてきた。

アディーがヴァルナにいつ来るかご主人が一緒かはまだわからないとあった。

手紙はワープロで打たれていて最後に彼女のサインがされていた。

.

. 再度彼女へ手紙を出した。

アディーはいつ来るかアディーのご主人は来るかを再度聞いた。

しつこいと思われただろう。

.

. 返事が届いた。

アディーのヴァルナ滞在は私と同じ日程と知らせてきた。

私がヴァルナに着く日にアディーもヴァルナへ来て私と同じ日に帰るとあった。

ご主人が一緒かはわからない。

アディーのホテルは彼女が自分で見つけるので私たちとは別。

ヴァルナで会いましょう。

.

. カミュー。

.

. サイン。

.

.

.

. ソフィアはブルガリアの首都で古い街だ

古代中世からの建築物をそのまま大切に保存していたりする。

ソフィアの空港に着いて市内のホテルに1泊した。

東欧というと暗く怖いイメージを持っていたがそんなことはまったくなかった。

物価も安かった。

.

. 首都といっても少し閑散としていて静かな郊外の都市といった感じだった。

どの色にせよくすんだように見えるちっちゃなマッチ箱みたいな車が走っていた。

それがトラバントという車だというのはあとになって知った。

.

. 次の日ソフィアから列車で黒海へ向かう。

ソフィアとヴァルナは国の東西両側にあって列車は国をまたいでいる。

半日列車に乗って国をはじからはじまで横断するようなものだ。

.

. 美しい東欧の風景が夏の日射しのもとゆっくりと続いていた。

空気も湿気がないためか日本みたいに汗ドロドロなんてことはなかった。

日射しが無限に透き通っているみたいだった。

.

. ソフィアで一緒に乗った人たちは途中で降りていった。

列車は白人ばかりが乗っていた。

東洋人や黒人はひとりも見なかった。

.

. ヴァルナで降りた。

ヴァルナからの列車は南下してトルコへも入って行く。

電車でほかの国へ行くという感覚がよくわからなかった。

.

. ヴァルナに着いたのは夕刻だったがまだ外は明るかった。

ヴァルナはソフィアとまったく違っていた。

さっきまで車窓から見ていた町並みと同じ社会主義の国とは思えないほど活気があった。

整備された道路にはヴァルナ国際バレエコンクールの旗が連なりたなびいていた。

.

. ひと目見て東欧の人の服装は地味だ。

このヴァルナは明らかに観光客という人たちで賑わっていた。

海が見えた。

私は荷物はでかいショルダーバッグ1個しか持っていかなかった。

しばらくその辺をブラブラして予約してもらったホテルを探した。

.

. 立派で綺麗なホテルだった。

カウンターで片言の英語でしゃべるとフロントのおじさんは私にカードをよこした。

開けてみるとそれはカミューからで彼女のルームナンバーが書かれていた。

今出かけている7時ごろに戻るとあった。

彼女は先々用意していた。

私は感心した。

.

.

.

. その夜ホテルのロビーで彼女と会った。

私は、アディーも来た?と聞いた。

アディーは来ていなかった。

.

. アディーは昨日突然、行けなくなったと知らせてきたという。

なんでかと聞くと、わからないと彼女は言った。

仕事なのかと聞くと、よくわからないと繰り返した。

連絡できなくてごめんなさい、と彼女は言った。

私は出鼻をくじかれた。

.

. アディーは滞在する予定だったホテルの予約もすべてキャンセルしたという。

なんというホテルかと聞くと、聞いていないと彼女は言った。

ご主人も来る予定だったのかと聞くと、それも聞いていないという。

.

. アディーの連絡先を聞くと、今アドレスはわからないと彼女は言った。

連絡先を控えてないのかよ、と私は思った。

彼女は黙ったままでいた。

.

. 私は、彼女の部屋の通話記録をフロントに出してもらってアディーからの電話番号をチェックしようとまで言いかけたがなんとか押しとどまった。

そんな私の様子は動転しているように見えただろう。

.

. 今さら電話してどうなる。

それでも私は、話だけでもしたいと感じていた。

せっかくここまで来たここから。

声だけでも聞きたいという気持ちだった。

.

. 沈黙が続くうち彼女が物寂しげに見えてきて私はそれ以上言わなかった。

私が再度アディーの連絡先を問うと彼女は、アパートへ戻ればわかるから追って連絡すると言った。

.

. 私は、残念だなぁ、と言った。

会いたかったなぁ、でもしょうがないな、と言った。

本当ははらわたが煮えくり返りそうだった。

.

. コンクールを観に行く彼女の誘いを断りそのあと私はホテルの部屋にいた。

出鼻をくじかれはらわたを煮えくり返すためにはるばるここまでやって来たのか。

そういうことだこの抜け作め。

.

.

.

. 次の日は午前中からカミューとホテルのロビーで話をしたりして過ごした。

ロビーからは外が見えた。

そこにはヨーロッパの夏景色が広がっている。

透き通った日射しは降り注いで新鮮。

なにもかも新鮮に色鮮やかに見えた。

彼女はヴァルナ滞在中も毎日レッスンへ通っていた。

この日は正午前に出かけて行った。

.

. 午後は外へ出た。

少し歩くと海へ出る。

道路から浜辺の様子が見えた。

パラソルが立ち並ぶ。

浜辺は人で賑わっていた。

〝  世界中どこへ行っても日本人はいる  〟というがここには白人しかいなかった。

.

. やっぱ外国だなぁ、と思ったのは浜辺の人たちの水着だ。

日本では考えられないような変わった色をした水着であちこちゆっくりと動いていた。

それに髪の毛の色が相まってカラフルだった。

トップレスの人もいた。

素っ裸でボールを持って盛んに泣いている白人の子供。

突きぬけるような空の青さ。

.

. 今まで見たこともない日射しの源が夏を輝かせていた。

平穏になにごともなく無事に過ぎ去っているように思えた。

この浜辺をこうやって見ていると…。

.

. ヴァルナの空と海の色は中学のとき彼女たちからもらった暑中見舞いとゴールデンウィークのカミューのジャケットを思い出させた。

時の流れを感じる。

.

. 不思議と、アディーは結婚したんだなぁ、と受け入れられるようになっていた。

知らぬ間にはらわたもおさまっていた。

鼻も元に戻った。

この空と海とがそうさせたのかもしれない。

.

. 浜辺のざわめきは海へ出ていった。

そうしてゆっくりゆっくりと太陽のほうへ昇っていった。

.

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.

. レッスンから戻ったカミューを誘って夕方に浜辺の砂浜へおりた。

太陽は傾いてそれをさえぎるものはなにひとつない。

海と空が広がっている。

海水浴客は昼間より少なくなっていた。

.

. カミューとその砂の上を歩いて行った。

見慣れぬ顔つきが服を着て歩いて行くのを、なんだあれと子供が驚いた顔をしてこっちを見ていた。

トップレスの人のそばを通るときに口を閉じたまま下あごを伸ばして額にシワを寄せてカミューに見せた。

カミューは笑うと歩く足元に目を向けた。

砂を踏み歩く感触。

海を見たり足元を見て黙ってみたりしながらゆっくりと歩いて行った。

.

. カミューとは手をつながずに歩いた。

カミューもそれはわかっていた。

手をのばせばカミューも手をのばしただろう。

なんのためらいもなく…。

.

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.

. 日は暮れていった。

浜辺の人は少なくなってもいなくなりはしなかった。

海岸はゆるやかにこの先も続いている。

ふり返ると歩きはじめた場所はなぜか遠く見えなかった。

.

. 浜辺も人も建物もなにもかも。

夕暮れの日射しを浴びてオレンジ色のフィルターをかぶせたように。

あせて淡く変色していた。

そのまんまのことを彼女にしゃべった。

ほら、あそこを見てごらん、て。

.

. カミューはその景色を見ながら聞いていた。

しゃべり終えると見つめられた。

まっすぐな瞳で。

.

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.

. ヴァルナは賑やかだった。

恒例のコンクールは野外の劇場でおこなわれる。

それはシックでエレガントだ。

舞台の背景はアーチのある石造りの壁で緑のツタがはりつめている。

日が沈む。

スポットライトがその野外ステージを照らし出す。

.

. 夏の夜ステージがはじまる。

それは海辺に面してまばゆくすがすがしくこの社会主義国のひとつの祭典だ。

世界のバレエ関係者が注目しているといっても過言ではない。

カミューはこのコンクールに次回エントリーしようとしている。

すごいことだ。

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. そのまんまをカミューに言った。

本当、尊敬しちゃうよ、と。

カミューは首をかしげてニッコリと笑った。

とてもうれしそうに体をゆらして少しはにかんだ。

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. コンクールはこのとき終盤を迎えていてヴァルナはさらに活気づいていくように見えた。

朝から晩まで晴れやか。

そうしてこの夜もいつしか朝になっていったのだろう。

.

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. アディーはなぜ来なかったのか…。

最初からこうなることは目に見えていた。

私はそれにまったく気づかないでいた。

.

. もしアディーが来ていたら私はアディーに問いただしただろう。

なぜ結婚したの、と。

これほど残酷なことはない。

.

. でも私は問いたださなければ気が済まない。

アディーのご主人が横にいても聞いただろう。

カミューはそうなることに気づいた。

.

. 会えば私がアディーを傷つけることになる。

アディーは私に会わないほうがいい。

カミューはアディーにそれを伝えた。

.

. なぜ来ないと聞かれて、あなたに傷つけられるからとは言えない。

それでカミューは、わからないと口をにごした。

カミューは私からアディーを守った。

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. カミューは私に、アディーの連絡先は追って教えると言った。

けれど今になって、カミューは教えてくれるだろうかと思う。

アディーを私から守ったカミューだったとしたら。

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. ゴールデンウィークにカミューが言った、アディーも来るという言葉に嘘はない。

それは私がいちばんよくわかっている。

5月はじめの時点ではアディーはヴァルナへ来ることにしていた。

.

. アディーは私と同じ日にヴァルナへ来る予定だったという。

その前日に、行けないと伝えてきた。

.

. だとすればアディーはぎりぎりまでヴァルナへ来ようとしていた。

最後の最後にアディーは決めたということか。

私に会わないと。

.

. でも本当はもっと前にアディーは、ヴァルナへ行かないと決めていたのかもしれない。

. もしそうならカミューはそれを私に連絡してこなかった。

アディーが来ないことを事前に知れば私はヴァルナへ来なかったかもしれない。

そうなることをカミューはおそれた。

.

. カミューはどうしても一緒に見て欲しかったのだと思う。

この観光の街とコンクールの舞台の様子を。

そこに挑む自分の姿を知って欲しかった。

この私に。

.

. そうすることで彼女は自らの苦しみを和らげることができる。

それはおばさんとおじさんと私にしかできない。

カミューは私を選んだ。

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. 私をヴァルナへ来させるために、アディーも来ると手紙に打った。

本当は来ないのに。

同じ日に来て同じ日に帰る。

ホテルは私たちとは別。

そこまで打った。

.

. 到着予定の前日にアディーは伝えてきたという。

そのとき私は機上だ。

カミューが私に連絡できなくても仕方ないということになる。

カミューに非はないと…。

.

. アディーが予約したというホテルをカミューは、聞いていないと言った。

もしホテルがわかれば私はそのホテルへ行って本当に予約されていたか到着予定の前日にキャンセルされたかを調べたかもしれない。

.

. さらにそれをした私はカミューの言うことを信じていないということになる。

そうならないために彼女は最初からアディーのホテルを聞いていないことにした。

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.

. もしカミューがそこまでしたとしたら。

アディーはそれを知っているのか。

.

. カミューがそうするのをアディーが知っているとしたら。

そこまでして私をカミューに会わせようとした。

カミューが私に会いたがっているから。

このヴァルナで。

.

. もしアディーが知っていないとしたら。

カミューひとりでそこまでしていたとしたら。

それほどまでにカミューは私と会いたかった。

このヴァルナで。

.

. こうなるまでにカミューの心は疲れていた。

それほどまでに迷いもがき苦しみ深く傷ついでいた。

私はそこまで気づかなかった。

.

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. ヴァルナ到着の前日―。

ソフィアからカミューへ電話していたとしてもことは同じだ。

カミューは言っただろう。

今日アディーが来られないって伝えてきた、と。

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. ソフィアでアディーが来ないとわかっても私は次の日ヴァルナへ来たはずだ。

カミューだけにでも会いにここへ来た。

結局この街へ来ることになっていた。

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. アディーの連絡先をもっと早くに聞いておけばよかったのか。

ゴールデンウィークにカミューと会ったときにでも。

なぜか聞かなかった。

きっとアディーが結婚したと知ったから。

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. アディーの連絡先を教えてもらったとしても私はアディーには連絡しなかったと思う。

カミューとの連絡だけにしてあとはなにもしなかっただろうなと思う。

結局こうなることになっていた。

.

. アディーの旦那が一緒に来るかをカミューは、聞いていないと言った。

そうなのだろう。

今となってはそんなのどうでもいいことだ。

.

. 私は出鼻をくじかれてはらわたを煮えくり返すためにわざわざここまでやって来たのだ。

私は翻弄されていた。

双子ちゃんに。

6才のときから。

それにまったく気づかないでいた。

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6.カミュー アディー ミー

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. ステージで順番に踊っていくダンサーたちを観ながら私は後悔していた。

そういえばカミューとアディーが舞台で踊っているのを観たことなかったなぁ、と。

あんなふうに衣装をつけて優雅に舞う彼女たちの姿を観たことがない。

.

. 彼女たちのことをよく知っているなんて思うわりには彼女たち自身ともいえるバレエのその姿を観たことがないなんて。

いつでも観られるなんて思っていたっけなぁ…。

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. 見知らぬ外国人ダンサーの演技が終わりすべての照明が一度消えた。

舞台の背後のアーチをライトが再び照らし出すと女の子がふたり立っていた。

それは衣装をつけた小学生のときのカミューとアディーだった。

カミューとアディーは舞台中央へ進み出て来た。

.

. 曲がはじまる。

アコーステックギターのその曲のタイトルは「. カミュー アディー ミー. 」。

.

. 高校のときバンドに夢中になっていた私が作った名曲。

留学したふたりへお祝いにと私はその録音テープを贈りつけた。

その返事はなかった。

.

. 聴いてくれたのだろうか。

ゴールデンウィークのときもカミューはテープのことは口にしなかった。

なんだかみっともなくてこちらからは聞けなかった。

3人は一緒という想いだけで深くも考えずにつけた題名。

.

. 今それは「. カミューは私をアディーする. 」と読めた。

その通りだ…。

.

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.

. 小学生のカミューとアディーは踊りはじめた。

私は彼女たちを見つめた。

.

. ギターにオーケストラが寄り添っていく。

中学生のカミューとアディーが同じ衣装で踊った。

.

. 留学したカミューとアディーも同じ衣装で踊り継いでいった。

私はそれも見つめた。

.

. 同じ衣装で今このときのカミューとアディーがステージに踊っている。

私は彼女たちを見つめて泣いた。

.

.

.

. カミューもアディーも私も成長していった。

苦しみ傷つきながら。

これからもそれを繰り返していくのだろう。

さらに濃く深く苦しみ傷ついていく。

.

. でもどんなに苦しみ傷ついてみせても時の流れにはあらがえない。

過ぎ去った出来事は戻らない。

小さかったころへは帰れない。

.

. なんて切ないんだろう…。

.

. このステージの光は遠く宇宙からも見える。

この舞台の輝きは宇宙の星ぼしのひとつ。

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. 記憶になってしまったとしても光り輝き続けていく。

永遠に忘れられないものとして。

.

. 私の旅は終わった。

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7.帰国して

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. 夏休みの最後は実家で過ごした。

1冊の本を見つけた。

それは古い本で[ 花の図案 ]という題名だった。

装丁も時代を感じさせるデザインでいちばん後ろの頁に買った日付が書いてある。

私が2才のときに母親が買った。

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. 本の最後に[ 誕生日の花言葉 ]というのがあった。

1月1日から12月31日まで日ごとに誕生花というのが決められていてその花の花言葉が記されている。

花による占いのようなものか。

.

. パラパラとめくって12月30日を見てみた。

12月30日の誕生花はロウバイという花で花言葉は〝 慈愛、広い愛情 〟とあった。

へぇ~、と思った。

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. カミューとアディーは4月21日。

誕生花はヤナギで花言葉は〝 悲しみはわが胸に、自由 〟とあった。

その部分から目が離せなかった。

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. 偶然その花言葉を知って今までのカミューとアディーに想いをめぐらせた。

彼女たちは自由だ。

とても生き生きとしている。

でもその反面なにか普通にはない悲しい思いをしているようでもあった。

.

. その悲しみとはなんなのか。

それを聞いたって、じつは…などと話すような彼女たちではない。

胸にしまって絶対に言葉にはしない。

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. 〝 悲しみはわが胸に、自由 〟

そのふたつの言葉は彼女たちを端的に象徴し言い当てていた。

なんとなくため息をつかずにはいられなかった。

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. 9月になって夏もどこかへ消えはじめていく。

昼と夜のひっくり返った生活を何日か続けて久しぶりに午前中に目が覚めた。

Tシャツに半パンツできゃしゃな体をしてベッドから起きたのだろう。

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. 廊下に出ると涼しかった。

午前の光が廊下に射し込んでいる。

しばらくそれを見ていた。

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. 光は目覚めたばかりの目にさえもう眩しくはない。

廊下を静かに風が流れていった。

それは秋の匂いがした。

なにかさみしい気持ちがした。

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. 最後の便りが届いた。

アディーから。

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. 決まり文句に続いて彼女が予定していたというヴァルナへ行く日と帰る日が記してあった。

共にそれは私と同じ日。

到着予定の前日にホテルの予約をすべてキャンセルしたとも記されていた。

そのホテル名は記されていなかった。

ご主人が一緒だったのかどうかも。

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. アディーはヴァルナへ行く前にケガをした。

出発まで迷ったが大事をとって行かないことにした。

カミューを心配させるのでそのときは行かない理由をはっきりとは告げなかった。

記されたケガの箇所はカミューの故障した箇所と同じだった。

.

. 最後に、自分の連絡先を私へ教えるのは控えたいとあった。

どうぞお元気で。

.

. アディー。

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. サイン。

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. 先月の日付が入った写真が同封されていた。

カミューとアディーがアディーのご主人とその弟の4人で食卓を囲んでいる写真。

もう1枚はカミューとアディーが並んでいる写真。

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. 自分が恥をかいた馬鹿者に思えた。

もはや、どちらがカミューでどちらがアディーか見わけがつかなかった。

まったく同じに見えて、どっちがどっちかまったくわからなかった。

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. 封筒の差出人の部分には カミュー アディー ミー とだけ打たれていた。

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エピローグ

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. 目が覚めた。

夕方だった。

まだ暑い。

古い雑居ビルの3階から上は住居。

その1室でまたひとり暮らす。

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. 狭い部屋だ。

東の空が見える。

電気もつけず薄暗い部屋からその明るい空を見ていた。

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. 積乱雲が淡いピンク色に染まっている。

沈んでいく太陽に照らし出されて。

夕暮れの風に吹かれながらそれを見ていた。

夏の終わり。

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. またひとつ子供でなくなってしまったような気がしました。

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おわり

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400字詰め原稿用紙125枚

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.2014年 平成26年 作

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.あとがき

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カミュー 100  アディー 100  彼女たち 100  ふたり 5

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この意味わかりますか?

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ヒント

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文中に  ふたり  という言葉は何回使われているか数えてみてください。

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brog BED __________ http://ameblo.jp/oneday-oneword/

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mail __________ yourbed@hotmail.com

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